映画「スリー・ビルボード」感想(ちょいバレ有り)

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コーエン兄弟の「ファーゴ」という映画でアカデミー主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェルというなかなか豪華な主演俳優陣を軸に、脇を固めるキャストも演技達者な方々を配して、本年度のアカデミー賞有力候補と言われている映画だそうです。

確かに通好みの映画で、いかにもアカデミー賞受けしそうでしたね。

まぁ、この「いかにもアカデミー賞受けしそう」というのは、別にいい意味じゃないんですけどね。

お話の導入部分

アメリカはミズーリ州のとある田舎町エビングで、一人の少女がレイプされ、殺された上焼かれるという事件が起きました。

この陰惨な事件から7ヶ月程経った後のお話です。

この被害者少女の母親であるミルドレッドが、街へ通じる道沿いに長らく放置されている3つの大きな広告看板に目を付けます。

思い立った彼女が、大枚を払って次の3つの文言をこの広告看板(ビルボード)に掲げるところから物語の幕が開けます。

  • レイプされた上、殺された
  • まだ誰も捕まってない
  • どういう事?ウィロビー署長

これが真っ赤な看板に黒文字でデカデカと書かれていて、街を行き来する車からは否が応にも目に付くという寸法です。

この看板で名指しされているウィロビー警察署長(ウディ・ハレルソン)、彼の部下でいかにも南部の警官という暴力的なディクソン巡査(サム・ロックウェル)、そしてミルドレッド(フランシス・マクドーナンド)の三者の群像劇が、互いに交錯しながら話が進んでいきます。

予想を裏切る秀逸なシナリオが見所の一つ

アメリカ南部を舞台に、未だ黒人を差別している警察が幅を効かせる白人至上主義の田舎町で、陰惨なレイプ殺人が起きる。ところが犯人が捕まる気配が一向に無い。

警察や町ぐるみの陰謀なんじゃないかと被害者の家族などが煮えを切らし、訴えは政治、宗教色を帯びながら雪だるま式に規模を増し、市民同士の暴力的な対決へと発展していく。

こんなプロットは昔から使い古されています。

アメリカ南部・レイプ殺人・警察・被害者の家族、これらのキーワードが冒頭で明らかになると、映画好きほど話の展開がすぐに予想できてしまうのですが、本作はそんな予想を悉く裏切っていきます。

これは監督の仕込んだ罠ですね。

一見ありがちでベタな設定なんですが、本作では主要キャラクターの3人について丁寧に「表の顔」「裏の顔」を描きます。

そして俳優の見た目のイメージも本質とは真逆にする事で、ぱっと見は昔ながらのプロットを踏襲しているようにわざと見せかけていながら、実は全く違うストーリーを展開します。

このあたりが非常に秀逸で「え?何この展開」と、冒頭から序盤にかけてグイグイ引き込まれますね。

例えばこの映画の冒頭です。

発端となった「娘をレイプされ殺された上、死体を焼かれて放置される」と言うショッキングな事件について触れられ、あぁ、これがその母親ね、とミルドレッドの印象を強烈にするんですが、事件の詳細については一切説明されません。

「7ヶ月も経って犯人の目星すらついていない」というのがミルドレッド側のセリフとしてポツンと示されるだけなんですね。

そしてミルドレッドが広告会社に依頼した文言を看板に描く作業をしているのが黒人で、これは夜中のシーンなんですが、巡回中のディクソン巡査に見つかって「やめろ」と脅されます。

この黒人は中盤以降も再登場するのですが、冒頭のこのシーンでも巡査の脅しに屈せず、ちゃんとあしらうんですね。

もうこのシーンだけで、観客は勝手に「あぁ腐敗した警察機構と人種差別、政治やサイコパス殺人とか絡んだ良くあるサスペンスものか」と思い込んでしまう。

黒人、夜中、巡回中の警察との絡み、なんて映画的仕込みのオンパレードで、事件の犯人が捕まっていないのを「警察に裏事情があって、捜査する気が無い」とか勝手に思っちゃうんですよ。

だから、レイプの手口とか、何人でやったのか、とか、どんな状況、とか一切説明しない。

なぜなら不要な情報だし、むしろボカしておかなければいけない。

観客にわざと間違った予想をさせ、本当のストーリーは全く別と言うこの展開。この映画では畳み掛けるように繰り返されます。

ミルドレッド・決して謝らないサイコパス女

このキャラクターは主に「怒り」を表す人物ですね。

元警官のDV夫と縁を切り女手一つで娘と息子を育てていたのに、ある日突然、理不尽な暴力で娘を奪われ、とにかく男への憎しみと怒りを抑えきれないという風体です。

この俳優さんの、腹の底からマグマのように湧き上がった怒りが喉元まで上がって来て、吐き出すようにセリフが口から出てくる、という演技が本当に凄かったですね。

世の男は全員下心と欲望でしか動いていないゲス野郎だという彼女の価値観や、絶対に屈しない、闘いをやめないと言うはっきりした意志が常に顔に表れているどころか、立ち居振る舞い全体から感じられます。

この「あらゆる敵に対する断固とした姿勢」を、最初は「強さ」「正義感」「強靭な意志」「拳を握って立ち上がったアメリカ女性」のように見せる。

なんせ、彼女の立ち姿を後ろから映すシーンで、マカロニ・ウエスタンのクリント・イーストウッドのテーマのような音楽が流れるんですよ。

(ああこれ、女版クリント・イーストウッドかと気づいてしまうと、以降ミルドレッドの演技がイーストウッドの物真似に見えてくるので、これはちょっと逆効果だと思いました)

ところが、徐々に彼女の「裏の顔」が描かれるにつれ、実は彼女の頑なな態度は自分に対する怒りを外に向けるしか精神の均衡を保てなくなった「弱さ」から来ているんだという、最初の印象とは真逆の事実に気づかされます。

ここは意外にベタでしたね。娘との最後の会話が今後一生拭えない後悔、ってやつ。日本のアニメでも、よくやりますね。

彼女の行動は「亡き娘の為(自分のため)に絶対に負けられない」という強迫観念の元にエスカレートしていき、思い込みからとんでもない犯罪行為を犯してしまいます。

本意では無かったにせよ、彼女は思い違いの復讐行為の結果、サム・ロックウェル演じるところの「第一印象は悪徳警官」に取り返しのつかない事をしてしまいます。

(この警官(ディクソン)が実は根はとてもいい男で、これも途中から180度印象が変わります)

ディクソンを酷い目に合わせたミルドレッドですが、バレていないと思いたいのか、自首なんてしませんし、できません。

それは敗北を意味するからで、彼女は娘のため(と言い聞かせつつ自分のため)に闘い続けなければいけない。

ところが今までクズ警官のように描かれていたディクソンが、何度も文字通り身を挺して娘を殺した犯人を捜す行動をしている。これがミルドレッド目線にも明らかになっていきます。

ディクソンがミルドレッドに「犯人の手がかりを見つけたから、希望を持ってくれ」と告げに来た時、帰り際に思わず彼を呼び止めるんですが、この呼び止めるまでの間と、呼び止めてから「ありがとう」と言うまでの逡巡が凄くいいシーンでした。

ディクソンは警官の職を失い、酷い怪我も負ってボロボロの状態なんですよ。

怪我の一端はミルドレッドが犯人です。だから、彼女はここで「ごめんなさい」と言いたかった。

でもそれはできない。自分の犯罪行為を認めてしまう事になるから。

だから一言「ありがとう」と言うしか無かったんですね。

ここの演技は良かったですねぇ。

ウィロビー署長・万人から愛される良き警官

看板によって名指しで非難される形になり、この問題を解決しようと心を砕くエビング市の警察署長ですが、ウディ・ハレルソンという配役から観客が期待するのは、サディスティックで白人至上主義者、要はKKK団のボスみたいな諸悪の根源キャラだったと思います。

ところがどっこい、ここでも観客の裏をかきます。

この人は言わば「愛」担当ですね。

ちょいネタバレですが、終盤に彼が残す手紙の内容からも、やたら嫁さんとイチャつくシーンからも明らかです。

最初は自分や警察の体面とプライドを守るためだけに、レイプ犯の捜査もせずミルドレッドを潰そうとしているかのように見せますが、実は全く違う。

冷たい鉄と化してしまったミルドレッドと対照的に、彼は何て言うか、モフモフの熊のように全員に接しているんですね。

熊のぬいぐるみがキーアイテムとして何度も出てきますし、絵面的にもそういう意図でしょう。

熊のぬいぐるみが出てくるシーンは注意して見る事をオススメしますぜ。

そんな彼だから部下の警官達を筆頭に、町中の人に愛されており、とある事情から哀れに思われてもいる。

ミルドレッドも、実は署長を憎んでいるわけではないと言うのが明らかにされています。

彼女の言い分としては、犯人が捕まらないのは誰かが責任を取らなきゃいけないはずでしょうと。

それはこの場合、署長でしょうと言う理屈ですね。

看板に文言を書かれ、署長がミルドレッドの元に最初に訪れた際の会話シーンがまた印象的でした。

「ある秘密の事情」を思い切ってミルドレッドに告げ、理解を得ようとするんですが、ミルドレッドは「そんな事は町中の皆が知ってる」と冷たく言い放つんですね。

ウィロビー署長からすると、これ以上ないぐらいの一大事で、家族や周りを慮って秘密にしていた事をあっさり「あんたは秘密にしてるつもりだろうが、みんなとっくに知っている」と言われた上「犯人を捕まえられないなら、取れるうちにさっさと責任を取れ」と言われた時に、ウディ・ハレルソンの表情が見る見る変わっていくんですよ。

ここで今までのウディ・ハレルソンに期待するのは、ブチ切れて肉切り包丁でババァを切り刻み、オープンカーで恋人と走り去る事ですが、この映画での彼は全然違います。

表情の変化が、驚き→悲しみ→哀れみ、なんですよ。

署長は、この「秘密の事情」から一切自分の事を省みていません。

周りの人間に自分がどれだけ尽くせるか、それだけを考えています。

とにかく家族や部下、町民の事を気にかけているんですね。当然ミルドレッドも対象です。

これも後で明らかになりますが、実はミルドレッドの事は特に気にかけていて、この対話シーンでの最後の表情も「彼女は自分達が娘を殺した犯人を見つけられないせいで、ここまで心が壊れてしまったのか」という後悔と哀れみが混ざったようなものに見えました。

物語序盤のシーンですが、ここの2人も沁みる演技でしたねぇ。

ディクソン・悲哀のホモ野郎

このキャラクターは「哀しみ」担当です。

彼も「表の顔」は典型的な南部のクソ警官で、町のマイノリティからはあからさまに嫌われているかのような描かれ方をしています。これもミスリードでしょうね。

家に帰ればこれも典型的な南部のクソアマな母親の言いなりで、ミルドレッドの件については明らかに彼女を潰そうと動くのが彼の最初の役割ですね。

ですが、実は同性愛者らしき事を仄めかすシーンがあったり、なんか女々しいアイドル音楽をいつもヘッドフォンで大音量で聴いていたりと、根は優しい男なのに警官だから舐められないように強がっているだけ、というのが明らかになっていきます。

加えて頭も良くないので、感情を抑える事が出来ないし、空気を読む機微にも欠けている。

このせいで中盤から転げ落ちるように憂き目に会うんですが、このディクソン目線パートは明らかに感情の「哀しみ」の部分を描いています。

彼は恐らく、警察署の中でも1番署長を愛していたんでしょう。

だから署長へ敵意を向ける気配を感じただけで、その相手には猛烈に突っかかるし、逆に署長の真意が伝われば、本来の根は優しい自分を取り戻しもします。

物語の終盤でミルドレッドの傍に居るのがこのディクソンというのが、一筋縄ではいかないシナリオを如実に表しています。

緻密に組み立てられているシナリオだが、非常に分かりやすい

本作の監督はマーティン・マクドナーで、私は本作を観た後にこの人が「ヒットマンズ・レクイエム」や「セブン・サイコパス」の監督だったと知りました。

この2作も傑作で、私の大好きな映画なので、あぁなるほどなと納得しました。

「ヒットマンズ・レクイエム」は邦題が最悪なんですが、原題は In Brugesと言って、ベルギーの超美しい観光地であるブルージュで繰り広げられる、これもシナリオが秀逸なアクションドラマです。

「セブン・サイコパス」も、とにかくシナリオが面白くて最初から最後まで全く飽きがきません。

本作も含め、この監督の作品は次の展開が全然読めないのがイイんですよね。

なんでかと言うと、この監督の作品ではキャラクターが人間の複雑な性質を確かに持っていて、映画の脚本としては一見理不尽でも、感情に任せて非合理的な行動を取るからです。

しかもその過程をちゃんと俳優の演技で見せるので、納得感があるんですね。

「えーそんな事したら自分の命がやばいじゃん」っていう行動をキャラクターが取る際も、迷ったり悩んだりしている無言の演技をちゃんと映像にしてくれているので「あぁ、ここでその選択肢を選ぶ心の動きがあったのか」と理解できます。

本作「スリービルボード」は、最初に書いたように三人の登場人物の表と裏をそれぞれの視点で描くという構成になっているので、映画では見せづらい人間の多面性がとても分かりやすく描かれています。

こういった題材の映画では、組織対個人のストーリー展開になるのが普通ですが、本作では町ぐるみや警察ぐるみででミルドレッドに嫌がらせすると言った、多対一の構図にはなりません。

アメリカ南部の実際はどうなんだろうか知りませんが、リアルでもやっぱり「個々人で感情は違うんだし、そんな映画みたいに集団心理にはならないよ」という事なんでしょうかね。

ちょっとこの辺りが、他との差別化やアカデミー賞受けのためにお上品にしてみました、というように見えなくもないです。

だって大人数VS一人とか、大人数VS大人数に発展した方がドラマとしては面白いと思うんですけどね、個人的には。ほら「ランボー」とかさ。

それがベタな考えなんでしょうか。

万人にオススメはしない

間違いなく傑作の部類で、見所はいっぱいあるのですが、一般にオススメはしません。

レンタルで観るぐらいでいいんじゃないでしょうか。

何故かと言うと、オチも含めてあんまり面白い映画じゃないからです。

ストーリーも2回目以降はオチまで分かっていると一切驚きが無いでしょうしね。

これもネタバレになってしまいますが、三人の主要人物は誰一人救われません。

これがリアルな現実だと言う事なんでしょうが、正直言って終盤はダレましたね。

意外な結末にしたかったんでしょうが、全然すっきりしないんですね。

この監督の作品なら先に挙げた「ヒットマンズ・レクイエム」「セブン・サイコパス」の方が面白いと個人的には思います。

でも、この2作とも日本未公開なんだよなぁ・・・それも分かるんですよ。

2作ともコリン・ファレルとかレイフ・ファインズとかウディ・ハレルソンとか有名俳優いっぱい使ってるのに、それでも日本未公開って、よっぽど一般受けしないという印象なんですね。

「スリービルボード」もアカデミー候補とか言われてるんで1日1回ぐらいのスケジュールでようやく公開したってレベルだしなぁ。

私は円盤を買って2,3回は観ると思います。

俳優の演技を見返したいですね。それぐらいの価値は充分にあります。

日本公開2018年

監督 ・脚本:マーティン・マクドナー

116分

出演:

フランシス・マクドーマンド

ウディ・ハレルソン

サム・ロックウェル

オススメ度:3.0/5.0

 

 

いい映画なんですがマニア向け
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